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自己責任論を問い直す 上西充子『呪いの言葉の解きかた』 読書感想文

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やっと台風が過ぎて暑さも連れ去ってくれたようで秋の訪れを少しずつ感じているイエロートマトです。私、生まれが秋なので、一番過ごしやすい季節も秋ですね。秋は良いですね〜美味しい物もたくさんあり、なによりも読書の秋です。
読書の際、私はより集中できるようにリーディングルーラー(読字障害向けの支援用定規)を使っております。 

  こちらの紹介記事もいずれ書きたいなと思っておりますが、読字障害ではない私に効果があるのかと試しに購入してみましたがある程度は読書に良い効果がありました。

 こちらを使って読んでいて面白かった一冊、上西充子『呪いの言葉の解きかた』を紹介いたします。もしあなたが以下に思っているなら本記事、本書は考え方を広げるお役に立てるかも知れません。

  • 低学歴、低収入、離婚などが原因での貧困は総じて自己責任である
  • 金銭的、就労などについて周囲に助けを求められない、無駄だと感じる
  • 「嫌ならやめろ」「みんなも我慢している」など、ズバリは言い返せないがそれらに根本的なおかしさを感じる

以上に思い当たる節があるかたは、ぜひこのままお読みいただければと思います。

まずは本書、『呪いの言葉の解きかた』を読むにあたったきっかけから。

きっかけは大きく2つあり、1つはよく聞いていたラジオ番組「荻上チキ session22」でゲストとして来ていたことから著者である上西充子氏を知り、一時期流行ったご飯論法を世に知らしめた方だというので記憶に残っておりました。ちなみにご飯論法とは以下のようなものです。
例:朝ご飯を食べましたか? ⇒ ご飯は食べていません(朝、パンは食べたがそれは言わない)

といった具合のもので、国会で与党の答弁で詭弁として用いているとして著者は指摘し、昨年の流行語大賞トップ10に選ばれた。

 以上の内容から著者を以前から知っており、ちょうどAmazonのおすすめに本が出ていて読もうかどうしようかと思っていた際に、もうひとつのきっかけが起こりました。
それは、とあるネット記事の中で日本が他国に比べて他者支援の割合が低く、また自己責任を強く進める部分がある旨が書かれていた記事を読んだことです(当該記事を探したのですが、見つからなかったため類似した統計指数のページを以下に記載します)

https://kogani.com/text/ranking/ranking_2.html

 

ここで、自己責任を強く問うというのを見た際、同様の日本人の他者に対する自己責任論の強要を批判する旨を湯浅誠氏の『反貧困』の中で読んだことを思い出しました。

 

反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)

反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)

 

 今までは鈴木大介氏な社会的弱者の貧困をテーマとしたインタビューやルポに書かれていた具体的な内容などばかり読んでいた中で、湯浅誠氏の『反貧困』が学術的、抽象的に貧困に陥るまで、なぜ抜け出せいないかの仕組みを明晰に言語化していたことに強く衝撃を受けた記憶があります。思い出しついでで何気なく湯浅氏を調べていると著者と同じ法政大学教授であり、『呪いの言葉の解きかた』 の中でも『反貧困』についてや自己責任論について述べられているとのことで読み始めました。

 最初に本書のあらすじ。本書では、無意識のうちに我々の振る舞いを萎縮させる「呪いの言葉」の悪辣さを白日の下にさらし、その呪いの解きかたを述べています。上記で書いた、「嫌ならやめろ」「みんなも我慢している」も呪いの言葉であり、また自己責任論も一種の呪いであると本書では看破しています。また、呪いの言葉に対して周囲の人からその呪いの言葉に立ち向かう勇気をくれる「灯火の言葉」、自らの内より自身を鼓舞、肯定する「湧き水の言葉」というものを紹介しています。

本書で語られる呪いの言葉の恐ろしさは、一見して、筋が通っているようにも見えそのおかしさや姿が見えないことです。そのため言われている本人が気づかぬ内に言われた側に都合の良いように絡め取られてしまいます。この見えないことで絡め取られる様にソフトウェア工学の祖、トム・デマルコの「測定できないものは制御できない」を強く想起させます。

 本書の読感を述べるにあたって、本書の読んでいての良点と難点のうち、最初に注意しておかなければならない先に難点を挙げていきます。本書は労働、ジェンダーなど諸問題のテーマに対して各所で実に鋭い視点をもちます。しかし政治のテーマになると途端に著者の政治思想ばかりが述べられ、半ば無理矢理に呪いの言葉へと曲解している部分が散見されます。また本書の題名にして一番重要な点である、「呪いの言葉の解きかた」が明らかに脆弱です。本書の随所で、正しく抗議することの重要性を説いていますが、抗議することとその抗議の一手目の言い返しだけを述べて、それで呪いが解けるというのは夢見が過ぎます。以降を読者に任せて、解きかたを解説したとは到底いえないでしょう。本書でも引用された『サンドラの週末』も『ダンダリン』も、目の覚めるような言い返しの前後にある、周囲との地道な努力や献身的な振る舞いにこそ価値と意味があって問題の解決に向かったのです。周囲を巻き込むことの重要性や方法、進み方を語らないのは端的にいって駄目です。さらに巻末の呪いの言葉に対抗する文例集も貧弱です。これを知りたい、学びたいがために購入した読者にとっては愕然としてしまうのではないでしょうか。これを覚えてそっくりそのまま言い返したところでドラマのように綺麗に解決することも呪いを解くこともできないでしょう。

ここまで本書の難点を上げてきました。ただし、以上の難点を考慮しても本書は読む価値があると断言します。それはなによりも、私たちが見えないところで束縛されていた呪いの言葉の存在をつまびらかにしたことの功績です。先に挙げたトム・デマルコの言葉もそうですが、我々は無意識下での抑圧、バイアスに気づかないと改善のしようがないのです。それをここまで見事に概念化したことが素晴らしい。本書を読んで世界の見方が変わる思いです。

 また、木下是男の本を参考にしたと仰るとおりの明瞭で紛れのない文章構成も良いです。問題のテーマ冒頭の例示が「逃げ恥」や「カルテット」などドラマや漫画を中心にわかりやすく読者のことを常に考えて執筆していたことがありありと伝わってきます。また、あるいたたまれない事件に端を発した自己責任論に再考を求める3章のジェンダー論には読んでいて救われる思いでした。そして灯火、湧き水の言葉の章はあえて多くを語りませんが間違いなくあなたを勇気づけてくれます。ぜひ読む価値があります。

以上まで、『呪いの言葉の解きかた』についての感想を述べてきました。本書は呪いの言葉を解く方法よりも呪いの言葉の姿や自己責任論など無意識に抑圧されているものに気づきを与え、もう一度問い直すような再考を促す一冊だと総括します。

即座に解く方法を知りたいというと拍子抜けしてしまうし、政治部分の章は手放しでは褒められません。Amazonで低評価が並んでいるのも理解できます。

それでも本書は読む価値があることを再度主張します。多角的な視点を持ち、立ち止まって一度問い直し続けるために本書は非常に重要な1冊であると考えられます。

呪いの言葉の解きかた

呪いの言葉の解きかた